2006年1月24日火曜日

初めての味噌作り

 豆料理クラブの会員として、日常的にお豆が生活に組み込まれてしまったせいか、今まではもらったりすることはあっても、自分で作るなんて考えていなかった味噌作りに、今年は何の気負いもなく挑戦することにしたのでした。

生協のチラシに、青森の無施肥の大豆と米麹のセットというのがあったので申込み、立川のアイムで産地の青森・常盤村で実際に味噌を作っている人たちが講習にきてくださると云うことなので、なんだか、わくわくしながら、雪の中を出かけていきました。


斑ごとに青森から来てくださったおばさん(なんて云っても私と同じくらい?)がついてくれて、和気藹々とみそづくりが始まります。

3キロ半くらいの大豆を茹でたものが既に用意されていて、後はそれをつぶして手で塩麹(分量の塩と麹を混ぜ合わせたもの)と混ぜていくのです。


簡単すぎて、あっけないほどですが、寝かせて熟成し、食べられるようになるのは約一年後。殆どを時間がやってくれるわけなのでした。


一緒の斑になったのは若いカップルと30代くらいの主婦(多分)の方と私の4人。


豆をつぶしながら、豆料理クラブから行った北海道の豆農家の話などをしていたら、若いカップルは来年の春には北海道・北見に帰って、農業をやる予定だということ。


この間行った秋場さん(化学肥料はもちろん有機肥料も使わず、土作りをしながら、銀手亡豆を作っている)の農場はやっぱり北見でした。

この近くには、ほかにも素晴らしいお百姓さんがいます。

北海道に帰ったら、ぜひ、ぜひ、訪ねるといいよ、と思わず彼らに奨めてしまいました。


私は、生産農家を訪ねたのも初めてだったけど、ああいうお百姓さん達に遇ったのも初めてのことでしたが、こういう人達が、今も日本に実在していることに驚いたし、感動してしまいました。

(こういう人たちの存在を想像できなかったということは、いかにわたし自身がヤワで、偉そうなことを云っても、世の中をなめてたということに他ならない、、、と今、これを書きながら、反省しています。私には、想像できないくらい、ちゃんと生きている人達が実際にいるに違いないから。)


話がお味噌からはずれてしまったけど、ついでに云えば、まだ学生みたいなこのカップルの女性の方は、私と同じ、北九州・小倉北区出身だと云うことで、ローカルな話題にもなって、とても楽しかった。


さて、帰ってから改めて、我が家用のお味噌の仕込みです。

大豆は前日から水に浸しておきましたが、茹でてつぶして混ぜて瓶に入れるまでは、半日仕事で終わりました。


味噌の仕込みは、簡単だけど、一番の問題は、何に入れて保存するか、です。

思ったよりたくさんできたので、途方に暮れたけれど、いつもは傘立てにしているこの瓶のことを思い出して、アルコールと熱湯で消毒して使うことにしました。

これは、たべものや当時、ぬか漬け用に使っていたものです。

瓶も久しぶりに喜んでいるんじゃないかしら。


この瓶にはまだまだ余裕があるので、来年は、2.5キロの大豆で挑戦しようと思っています。


写真は、大豆(なんてきれい!丸いものは好きです)

ベトナムの天日塩・カンホアの塩(SORAで扱っています)

瓶(元・傘立て←漬け物用)





2006年1月15日日曜日

豆料理クラブのギャザリング

 京都~丹波篠山での豆ランチパーティから帰って、はや一週間になってしまいました。


3連休なので、今回は、連れあいの10べーも同行。

今回もとても楽しい時間だったので、帰ってからも心軽く、ウキウキと過ごしています。


多分、好きな人たち(半分以上は初対面の人達だったけれど)にあって、リアルな話ができて、いい気の交流ができたからだと思います。


本当に、人が元気で生きていける基は、人と出会うことではないでしょうか。それと自然と。


私の場合は、確実にそうみたい。人が一番興味深いし、好きなんだと思う。


私と豆料理クラブの出会いは、2004年の夏、エコ雑貨クラブの人たちと一緒に、何十年ぶりかに京都に行ったのがきっかけです。


*エコ雑貨クラブ・・・ボディクレイ、ナイアード、ナファ生活研究所、アレッポの石鹸、メイドインアース、ワイルドツリーの6社のグループ。



その時、豆料理クラブを主催している千晶さんとであって、なんだかとても通じるものがあって、すっかり仲良くなったのでした。


一番印象に残っているのは、イラク戦争が始まった時、彼女は京都に引っ越してきたばかりだったそうなのですが、まだ荷物もほどかないまま、いても立ってもいられなくて、玄関先に台を出してお豆を並べたのだそうです。

彼女の平和への意思表示がお豆を売るということだった。


わたしも、イラク戦争が始まって、自衛隊の派兵があったり、人質へのバッシングがあったり、という時期、無力感に打ちひしがれて、なかなか立ち直れない感じだったので、その話には とても勇気づけられたのです。


そうか、私は私のやるべき仕事をしっかりやっていくことが大事なんだ、と気づきました。


豆料理クラブに入会すると、毎月豆料理のレシピなどが載った通信と材料の豆その他が送ってもらえます。


お豆は、土づくりだけで有機肥料も使わないでつくったものや 有機のものなどですが、

本当に美味しくて、おかげで口がすっかり肥えてしまって、以前のようにその辺で買う気がしなくなっています。いいんだか、わるいんだか、、、


豆料理が美味しい、ということだけでなく、会員同士のメーリングリストの話題にいつも刺激を受けています。


70年代、80年代に女性ばかりで西荻でやっていたレストラン「たべものや」から発信したかった思いは、もう途絶えたかに思えていたのに、彼女たちが受け継いでもっともっとしっかりと別の形でやってくれているのが、とてもうれしい。


豆料理クラブの詳しいことは

http://www.rakutendo.com


今回は丹波篠山のチルドレンミュージアム、こどもたちは自由に遊び回れる空間が会場なので、大人達は別室をかりてゆっくり話ができるという訳です。


そういうわけで、今回の出席者は子供連れが多かったのです。

行き帰りの車中や食事時、宿泊など今回はずっとこどもたちと一緒で、ちいさい複数のこどもたちといる機会なんて、子育て卒業の私たちには殆どないので、それも楽しかった。


思い出すだけで、顔がほころびます。

託児所と託老所が一緒になってる施設をテレビで見たけれど、いいんじゃないかなあ、と実感しました。


わたしも子育て真っ最中のころは、余裕がなかったから、身近にお年寄りがいてゆっくり子供を見てもらえるような状況だったら、親も子もずいぶん違っていたのでしょうね。


そうか、昔は大家族で、お母さんは今みたいに一人で抱え込まなくてすんだんだ、とおばあさんの立場になった今、今更ながら、実感しているのです。 


夜は モンゴル人のスーチン・ドロンさんという方がやっているモンゴルの里の、ゲルに泊まりました。


食事をしたゲルはとても広くて、私たちが泊まった小さいゲルも暖かくてとても快適。

ドロンさんの家族にも感銘を受けたし、食事も最高だったし、また機会を見つけて今度は 8歳になる孫も連れて、ここを訪れたいと思ったことでした。


カメラを忘れていったので、慣れない借りたカメラで写したお見苦しい写真ですが。


写真は

1.泊まった小さいゲルの天井。中央部分が開いて、天気がいいと星がみえる。

2.モンゴルの衣服を借りてきたら、まるでモンゴル人の家族。さすが、われらモンゴロイドです。

3.山羊にひかれて。こどもたちの行列。






2006年1月5日木曜日

2006年もよろしく。

 師走は文字通り、駆け足で過ぎていき、三が日も瞬く間、お正月も終わってしまいました。

大掃除したり、料理したり、食べたり、飲んだり、話したり、と、例年通り、

めまぐるしい日々が過ぎ、今日からまた仕事場でパソコンに向かっています。


年賀状に、ブログをはじめました、とお知らせをしたのに、のぞいてくれた人はあきれたことでしょうね。


もともと筆無精(?)のタイプなので、プレッシャーになるのがいやで、

なるべく気にしないようにしていたのですが、気がついたら、もう一月近く

ご無沙汰しています。。


でも何人かの人から干魚の話の話題になったりして。


ああ、ごめんなさい。もっと真面目にやりますーーという心境。


今年は いつの間にか年が明けていて、あらためての感慨はなかったのですが、

旧暦のカレンダーも買ったことだし、旧のお正月には

十分に感慨深い年越しをしたいと思っています。


考えてみると、お正月は年に一回、一生にだって数えるほど。

私の残りの人生に何回あるんだろうと思うと、もっと味わいぶかく過ごしたいと思います。


早めに計画を立てて、テキパキやるタイプではないので、ここで今年が終わる、などと

期日が決まっているのに合わせるのは大変なのです。


あらためて、そういうことを普通にこなしている世の中の主婦(夫)に敬意を感じてしまう。


30代の頃も同じ様なことを思って、テキパキやる人生と私のような手抜きの人生と

比べて考えてみたことがあります。


その時は、ぼーっとした時間もかけがえがないもんだ、テキパキとたくさんの仕事をこなした人生の方がしあわせとは限らないだろう、というのがたしか結論だった。


今でも、半分くらいはそう思っているけれど、やっぱり、テキパキと体を動かす習慣はつけていた方が、日常的には楽だと思います。


身軽なおばあさんになりたければ、やっぱり、ぼーっと猫と遊んでいちゃ駄目なんだと思う。

(当時は、猫が膝にのっていて動きたくなかったので)


新年早々とりとめもないですが、今更ながら、地道に努力をしようと思っています。


あすからは京都です。

明日の晩は、豆料理クラブのメンバーの広くて天井も高いとても素敵な町屋に泊まります。

今年の京都はことのほか寒いらしく、ちょっと心配ですが。


明後日は 京都から丹波にあるというモンゴルの里でゲルに泊まる予定。

こっちは雪が心配ですが、豆料理クラブのメンバーたちの話をゆっくり、たくさん聞けると思うと楽しみです。


その時の話は次回に。


写真は、近所の多摩川。お正月に息子夫婦と散歩しました。


川面がかすんでいます。まるで温泉でもわいてるみたいに、川から湯気が上がっていました。

不思議。



2005年12月15日木曜日

楽しかった日曜日(12/11のことです)

 せっかくのお休みなのに、薄曇りの寒そうな天気なので、外出の予定は中止にして、山積している“やらなければならないこと”でも片づけようかと 家で鬱々としていたら、10べーから電話。(彼は 西東京市の平和コンサートで朝鮮の太鼓の演奏のため早くから出かけていたのです。)


一緒に出演している黄さんのバンドが今夜恵比寿でライブがあり、一緒に出るのが「素」なんだってよ、というのです。


「素」はカフェスローに旧暦の会でいった時、たまたま出ていた女性ふたり組のユニットで、自由で大胆、ユニークなその音楽性にすっかり魅了され、限定版のCDも手に入れ、よく聞いています。


恵比寿に行くんだったら、と最初の予定通り、六本木にも行くことにして大急ぎで家を出ました。


まずは アクタスビルのギャラリーに、バーンロムサイ(タイのHIV感染孤児施設)のこどもたちの「UNDER THE TREE展」へ。


わたしもささやかながら支援させて貰っている施設なのだけれど、ここのこどもたちの絵は不思議なくらいのびのびしてるし明るいのです。


はじめて見たのは数年前、友人のギャラリーで、日本とアメリカのこどもたちの絵と一緒に展示されていた時ですが、ここのこどもたちの絵は抜きんでて自由で、子供の絵として片づけられない迫力で、心を打たれました。


彼らの絵を見ていると、ここの施設が、安心できるコミュニティだろう、ということが説明されなくてもわかります。


彼らが生活しているところも、ガジュマルの木の下のタイの伝統的な美しい建物です。

わたしは、美しいことはとても大切なことだと信じています。http://www.banromsai.jp


ピンクでハートとLOVE とかかれた小品と ノートを数冊、それと手紬で作ったシンプルでかっこいい袋を買いました。

どれも、みんな とてもきれい。


次は、六本木ヒルズへ。・・今日はすっかり東京人らしい行動です。


お目当ては、森美術館で開催中の杉本博司の写真展。 

NY在住の友人マコちゃん(この間のアースガーデンには作品を送ってくれて一緒に出しました)は、今、彼のスタジオで働いていてNYから招待券を送ってくれたのです。


疎い私は名前も知らなかったのですが、この展覧会のことは、新聞やTVにもでていたので、さすがに気になったし、ついでもあるしで 見に行ったというわけです。


一言で云うと、圧倒的。

迷路みたいにきりなく続く会場で 途中からあれこれ考えるのをやめたくなってぼーっとみていたら、なんだかどこかへひゅーっと連れて行かれるような、気持ちいいような悪いような感覚になってしまいました。


そのうち、こうしてはいられない、とはっと気がつき、恵比寿へ向かいました。


恵比寿駅でタイミングよく10べーとあって、ライブハウスへ。


黄さんは 今日一緒にやるのが決まって、どんなバンドか、と「素」を見に行って大ショックを受けたとかで、今日はいやにへりくだっていたけれど、黄さんも大丈夫、黄さんじゃなきゃ表現できない何か、を今日もしっかり伝えていたと思います。


素のCD「素暦」では4人組だけれど、先日のカフェスローも今回も、ボーカルの中ムラサトコさんとアコーディオン他のスパン子さんのユニットで、音楽的に密度が濃い。


私が一番わくわくしたのは、二人の絶妙な掛け合いだけど、大胆で繊細でとてもオリジナリティがあって、それに二人の女友達っぽいところ。http://motomoto.net


終わった後、彼女たちといろいろ話して、楽しかった。

短い時間だったのに、親との関係、連れあいとの関係、子供のこと、(サトコさんは二人の子持ち)、連れあいとの関係など、核心に触れている。


昨年の豆料理クラブ(この話もぜひ、このブログに載せなくっちゃ)との出会い以降、わたしはかっての「たべものや」時代以来、忘れていた女同士の率直でリアルな関係がどんどん拡がっていく感じで うれしいし楽しい。


でも、、、考えてみたら、天気のせいもあって、今朝はかなり気が滅入っていたのでした。


今朝の毎日新聞、牡牛座の運勢は たしか<友達を介していいネットワークができる>というような感じだった。でも、出かけないから、関係ないと通過しちゃってたけど、当たってる。






2005年12月6日火曜日

庭の柿

日が落ちるのが早くなりました。

明るい昼間はあっという間に、まさにつるべ落としで暗くなり、暗くなると寒さが身にしみます。


旧暦ではまだ秋、なんてのんびりしていたのだけど、12月に入るとさすが師走、時は脱兎のごとく、、、


庭の柿の木は毎年おいしい実をつけてくれますが、今年は不作で(去年が豊作だったので)数えられるくらいしか成らなかった。


それでも見事な実を結び、数が少ない分、味は濃くて甘くて、売ってる柿なんか、比べ物にならない、柿好きの私にはたまらないおいしさです。


日曜日、今日を逃すと木の上で熟し柿になっちゃうというタイミングだったので、鳥用に数個残して、10べーとふたりで、一生懸命、ほとんど全部を収穫。


思いの外、沢山採れて、嬉しかったのですが、柿のみがなくなった柿の木は、急に寒々しく、寂しくなってしまい、なんだか申し訳ない気分になってしまいました。


毎年、おいしい柿をありがとうね。




鰺の干物

 夕食用にハタハタを買ってしまったけれど、生きのいい小ぶりの鰺が一山100円であったので、思わず買ってしまいました。


お腹を出して、塩水につけ、ビニールひもを目刺しみたいに通して、針金ハンガーにつるし、鰺の干物を作っています。


今回は 目刺し風でちょっと様になっていますが、数が少ないと(2,3匹のときは)、洗濯の物干しに尾を挟んで 逆さ吊りにして干物を作ります。

ここまでは、とっても簡単。


これを燻製にしたいと長年思ってるのだけど、まだ手がつきません。




2005年12月2日金曜日

どんぐりの袴

 哲平さんの個展にいったとき、ZAKKAではもうひとつ、買い物をしました。

木彫りのちいさなスプーンです。


ここは、普通のお店みたいに品物をたくさん並べてなくて、売り物ではない木の実なんかと一緒に、お皿やカゴや布が大切そうにおいてあります。


だから、みる時も集中してじっとみてしまいます。

このお匙は まるで木の実みたいに丸っこくて、というよりドングリの袴みたいで、とても可愛かったのです。


本物のドングリの袴も 昨日公園に行った時に見つけてきたので、いっしょに写真に撮ってみました。


並べてみるとずいぶん違うけれど、スプーンの下の部分がお椀に取っ手をつけたような

形になっているところが似ています。


このお椀の部分は、ココナツにも似ています。


どれも、みんな私の大好きなものなのでした。








2005年11月27日日曜日

哲平さんのどんぶり

渋谷のZAKKAで 小野哲平さんのやきもの展があっているので久しぶりに

都心に出かけてきました。

哲平さんとは5月の連休以来。


ZAKKAはいつもながら、とても素敵です。

哲平さんの器も この空間にぴったり。

ためつすがめつして、どんぶりをひとつ買いました。

なんと表現すればいいか、わざとらしいところが全然なくて、自然の中においても

何の違和感もなく、手にすると、とても大事にしたい感じ。


今年のゴールデンウィークは、高知の山あいでやきものをしている哲平さんと 

ちくちくと手縫いでユニークな衣服を作っている早川ユミさんのお家ですごしたのでした。

谷相にある彼らのうちのまわりにもいろんな人が住み着いて、居心地のいいコミュニティが

できています。


最高に楽しかった。高知っていいな、高知に住めたらいいのに、と思ったくらいです。


しばらくぶりであった哲平さんと、今度の連休もきっといくから、と約束しました。


こういう仕事をしていると 社会が休みの時にしか休めない上、早めに予定を立てるのが

とても苦手なので、いつも行き当たりばったりの旅になってしまうのだけど、

来年は、また、高知に行く、と決めたら、なんだか嬉しくなってしまいます。


はじめていった高知は 太平洋に向いているせいか 明るくて同じ日本とは思えない。


23日のお休みには、西荻の「のらぼう」にいったのですが、もとはといえば、これも高知に繋がっています。

ユミさんのうちで彼女が一番好きな料理家は高山なおみさん、というので(私は名前も知らなかったのですが)帰ってから本を買って読みました。


もう、とっても面白かった。料理家という部分は、彼女の一部で、アーティストだと思う。


・・・彼女の本によくでてくる店が「のらぼう」。

西荻に住んでいる友人が予約してくれて一緒にいったのですが、う~ん、なんとここをやっている彼とは初対面ではありませんでした。

その上、最近『「たべものや」の台所から』を手に入れて読んでくれてるとか。

80年代のはじめに、ほんの何千部か出版されて とっくに絶版になった本なのに、こうやって今でも読んでくれてる人に巡り会うのは不思議としか云いようがない。


のらぼう開店以前のかなり昔、もと「たべものや」メンバーのイヤモトのお店「岩本酒店」兼うちの新築(だっけ?)パーティで会っていたみたい。

それに、予約してくれたのりちゃんも のらぼうの彼とは八王子で一緒にお祭りやってたりした仲間・・・


芋づる関係のネットワーク って、よくあると云えばよくあることなのだけど。


居心地よく、お料理もおいしくて、それだけでも嬉しかったんだけど、そういうわけで楽しい夜でした。